業務記録:Mar3-9, 2019

<個人的なログです>

■ 個人授業1:2時間:教材「できる日本語 初中級(黄色)」

実のところは、学習者2のために時間を使いすぎて、この学習者1のための授業準備が十分でなかったことを悔やんでいる。教案作成時間は2時間ほど。黄色い教科書がちょうど終わった所なので、今後の方針がちょっと見えにくい状況ではあった。流ちょうさを改善する試みとして、短いプレゼン原稿を読むこと、それから介護関係の文章を読ませる活動をした。イントネーションがちょっと不自然だが、自分ではおかしいとは気づかないので、私が一緒にいるときに指摘しなければならない。しかしそれは彼の学習時間からすると本当に短い時間であるので、一体どうしたものかと思案中である。長らく懸案であった、日本語における修飾語の関係を今回説明しきった。文章読解や作文等で活かしてほしいと思う。副詞で文末が呼応する陳述副詞があるよと言ったら興味を示したので、こんど説明の機会を設けたいと思う。積極的に知りたい、分かりたいという態度は、こちらもやる気になるのでありがたい。ただし一点、大きな問題が立ち上がった。この学習者は本国では「みんなの日本語」を使って学習し、日本では「できる日本語」の黄色い本を全部学習した。本人曰く「文法や文型は分かった。しかし学んだ文型を、実際の会話の場面でどう使ったらよいのか分からない」という。「みんなの日本語」だけで学習したなら、そのような問題は生じるかもしれない。しかし「できる日本語」を使って学んでいてその台詞が出てくるとは思わなかった。

 

■ 個人授業2:2時間:教材「Genki I」14章

教材および教案作成に5時間。私個人が教えている学習者ではないので、授業の詳細は省略。

 

■ 個人授業3:1時間半:教材自作だが、みんなの日本語の練習Aに準拠

1回:教案・教材作成は3時間。準備時間が短かったのは、パワーポイント授業でなかったためと、復習問題として今まで作ったのをかき集めただけだったため。学習者が学校に入るまでになるべく多く教えたいので、はやく名詞述語文を終わらせたい、しかし不完全なまま前に進むこともできない、との思いから復習をまとめて実施した。結果、漢字はひとつも書けなかった。文型については、表記の間違い、助詞「も」や選択疑問が分からないなどがあったが、とりあえず用意した18文型は例文を見せた上での作文ができた。例文を見せているので、これで産出ができると考えてはならないだろう。こそあのうち「こちら/そちら/あちら」を入れたかったが、時間切れのため断念。

2回:教案・教材作成は3時間。漢字指導は東西南北。中身的には「ここ/そこ/あそこ」「こちら/そちら/あちら」と名詞文の残り。そして時計の時刻の読み方。前者の練習には、できる日本語の絵を使用した。後者の練習は、Genkiとみん日の絵を使用した。「こそあ」のうち、「この/その/あの」の習熟ができていないので、練習が必要。用意したハンドアウト3頁で少し時間が余ったので、名詞文での「から・まで」をやってみた。理解度はそんなに悪くないように感じた。次回から動詞文に入ることを宣言。

3回:教案・教材作成は4時間。漢字指導は「今明午前後時間週」。以前との重複もある。内容は基本的な自動詞の導入だが、それを行う時刻を表現するための「に」も導入する所がミソであった。当初、時制的には現在の習慣だけに今日はとどめようと考えていたが、想像したより早く進んだため、未来と過去も最後の方で教えた。この時制の練習は次回となる。このレッスンは学習者が学校に入るまでを想定しており、今Halfway point を turningしつつあること、なるべく多くのことを学べるようスピードアップしたいなどの点を学習者に伝えた。

 

■ 個人授業4:2時間:教材「Genki I」2章

教案作成に3時間。教材を作るのは学習者3で手一杯なので、こちらはなるべく教科書を利用する形にしたいと考えている。短期集中型なので、Genkiの3章をマスターすることを目標とする。その前提となる2章あたりをおさえておくのが今回の目標。文字学習は「サタナヌヲ、日月火水木金土」語彙導入は日付の読み方。前回の復習として挨拶全般、名詞述語文の文型各種。名詞文については、ほぼ運用可能レベルに達している。これそれの切り替えがちょっとできない。その後は数字と時間の読み方をたっぷり練習。休憩をはさんで後半は名詞述語文の練習。最初はGenkiの表を使用したが、次に学習者の兄弟の情報で名詞文を作ってもらった。最後は私が作文した学習者の自己紹介文を書き取らせ、話す練習をした。これは今後新潟で活躍していただくための、実用的な面に着目したものである。レッスン途中で発音の問題が生じたときは即時修正を心がけた。歯茎音が歯茎硬口蓋にずれてしまうこと、語中の無声音が連濁のごとく有声音になってしまうこと、などである。対面のレッスンとして比較的うまくいっているように感じるが、それは学習者の母語、人柄、職業、人生経験に多くをよっているのであり、決して私が上手いという訳ではない。

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